アメリカではワクチン接種が急速に進み、ニューヨーク市では約70%(18歳以上の人のみ)の人たちが第一回目のワクチン接種を終えたというデータが出ているほど、アメリカは世界的にみてもワクチン先進国です。この数字は日々上昇していくと予想され、ニューヨーク州、近隣のニュージャージー州やコネチカット州では5月19日より、レストランや美容室などに課せられていた収容人数の制限がすべて解除されました。これらのビジネスは100%の収容人数で営業ができるようになったほか、ワクチン接種完了者と呼ばれる、二回のワクチン接種者(ファイザー社、モデルナ社)、一回のワクチン接種者(ジョンソン&ジョンソン社)から2週間経過した人たちはマスクの着用と、6フィートのソーシャルディスタンシングの確保が必要なくなりました。アメリカではワクチン接種により、徐々にではあるものの、確実にパンデミック前の生活に向けて緩やかに戻っているという手応えをひしひしと感じます。
明るい兆しが出てきている社会の中で、消費の動向も緩やかながら回復の兆しを見せています。社会現象が消費アクティビズムとして売り上げに反映されることが顕著なアメリカでは、今の社会情勢やトレンドを加味してものづくりを行うイノベーティブなスタートアップや商品が日々誕生しています。
予期せぬ世界的なパンデミックでユーザーの需要も激変
アメリカのビジネス誌Fastcompanyが毎年発表をする「The Most Innovative Companies」(最も革新的な企業)の2021年版を見ても時代の世相を反映した興味深い企業やスタートアップが顔を揃えています。ランキング50のうち、日本からも唯一トップ19位に「プレイステーション5」のソニーインタラクティブエンタテインメントがランクインしていますが、昨年は誰もが予想していなかった新型コロナウイルスのパンデミックにより、同率でファイザー社とモデルナ社が1位にランクインしているのは納得の結果です。2021年はさまざまな危機を乗り越えるためにビジネスモデルをピボットし、急速に変わる消費者のニーズに対応して新たな価値を創造した、例年とは違った顔ぶれのサービス、企業が多く見られた年に違いありません。ちなみにパンデミックにより実店舗での買い物が出来なくなった昨年、多くのブランドがEコマースに力を入れることに舵を切りました。自分たちで簡単にネットショップを開設できるShopifyは多くの企業、小さなスモールビジネスからも支持を受け、栄えある3位に輝いています。
ファイザー社、モデルナ社以外にもCOVID関連のサービスを行っている企業が次々にランクインしているのは昨年までは考えられなかったこと。
コロナ禍で需要が増してきたジャンルといえば、Netflixに代表される月額制の動画配信サービス、Zoomなどのビデオ会議ツール、UberEatsやDoordashなどのフードデリバリー、自宅にいながらにしてインストラクターと一緒にバイクのレッスンが出来るPelotonや家の中でできるフィットネス、ゲームなど、オンラインを駆使したビジネスが需要を伸ばしています。また、得体の知れぬウイルスへの恐怖やストレス、ソーシャルディスタンシングの規制から、人々はセルフケアや自然を求めるようになっています。47位のGetawayは都市部からほど近い森にあるキャビンに滞在するサービスで、TVやWifiがないことから、自然に触れ、デジタルデトックスをすることでリトリートをするという目的も含まれているようです。
全米の主要都市からほど近い場所にキャビンを開設。昨今は自然に触れてリフレッシュ、自分を取り戻すことが求められています。Photo by Getaway
昨年からBlack Lives MatterのムーブメントやAsian Hateのムーブメントなど、マイノリティへの差別が今まで以上に明るみになった世の中では、18位にもランクインしているアイスクリーム会社、Ben&Jerry’sのように、会社としてのステイトメントを明確にする会社が支持を得る傾向が一層強くなっています。社会情勢がブランドの購買運動に影響を与える時代。イノベーティブな会社の基準にも、透明性や会社としての立ち位置を明確にし、声に出すということの重要性が強く伺えます。
その他、ランキング50に入らなかった企業も、42個にセグメントされた各業界の注目企業として、それぞれ10社がリストアップされているのも今後の動向を読み解くのに興味深いところです。
アメリカのビジネス誌TIMEも「The Best Inventions of 2020」として、世界各国の革新的な商品を発表しています。こちらも身近なものでいうとエンターテイメントやエデュケーション、デザイン、フード&ドリンクなど、25に及ぶカテゴリーからさまざまな商品が選出されています。とりわけ、Special Mentionsにカテゴリーされた商品を見ると、時代を読み解くキーワードが見て取れます。環境に配慮したタンパク質を作るフィンランドのSolar Foodsや、太陽光発電で綺麗な水を作り出すフィンランドのSolor Water Solutionsなど、環境に配慮した取り組みを行う企業の商品がピックアップされています。アニマルフリーのプラントベースのアイスクリームやチーズを製造するPerfecct Dayも、サステナビリティの視点からプラントベースに切り替える人々が多い昨今の消費者の需要にマッチしています。他には、オンライン上で自分に似合うメイクアップを見つけることのできるバーチャルビューティーappのPerfect Crop。パンデミックにより実店舗での化粧品の購入、さらにはタッチアップが出来なくなったことにより、自分に合ったメイクアップのカラーを見つけることが難しくなった市場に対してスタートしたサービスです。アメリカでは徐々に店舗営業も戻ってきているものの、オンラインでのサービスの提供は今後増加していくと見込まれています。こうした社会情勢を反映した商品が顔を揃えているのを見ると、イノベーティブな商品は時代を映す鏡と言えるでしょう。
昨年から急速に伸び始めたバーチャルメーキャップのサービス。パンデミックにより店頭での化粧品タッチアップが不可能となり、こうしたサービスは一気にデジタル化を余儀なくされました。Photo by Perfect Crop
抹茶を使ってイノベーションを起こす「Cuzen Matcha」にインタビュー
前述したTIME誌の「The Best Inventions of 2020」でデザイン賞を受賞した「Cuzen Matcha(空禅抹茶)」をご存知でしょうか?2020年にサンフランシスコでスタートした同社は昨年8月、クラウドファンディングのKickstarterで抹茶を手軽に楽しむための「Matcha Maker」と専用リーフを販売し、成功を収めたブランドです。また、ブランドスタートから間もないのにも関わらず、TIME誌以外にも「CES 2020 Innovation Awards Honoree (イノベーション賞)」、「San Francisco Design Week Awards 2020 Future of Foods賞」、「iF Design Awward」など6つの賞を受賞しています。創業者の塚田英次郎氏は前職から日本とアメリカで緑茶や抹茶をマーケットに広めてきた、いわばお茶のプロ。なかなか見かけることのない、抹茶を家庭やオフィスで楽しむことの出来る斬新な抹茶メーカーを開発し、モダンなデザインも話題となり新たなイノベーションを起こしています。自社ECサイトではShopifyを使用。今後の展開やプラットフォームの使い心地について伺いました。
抹茶は九州の霧島で 土作りからこだわったものを使用しています。Photo by Cuzen Matcha
ブランドを始めたきっかけは何ですか?
もともとサントリーの飲料事業部で、長年、「烏龍茶」や「伊右衛門」のブランドマネジメントを行っていました。サンフランシスコに駐在していた際に、米国で抹茶の飲用を広めて行くには、日本人である自分が抹茶カフェを出して、そこで良質な飲用体験を提供していきたいなと思い、社内ベンチャーという形で「Stonemill Matcha」というカフェを2018年にオープンさせたんです。カフェは成功したので、アメリカにおいての抹茶の可能性は証明できたのですが、社内事情で日本に帰国しないといけないことになりました。それでも抹茶の可能性を全世界に広めたくて、退社をすることになりました。現在のビジネスパートナーは大学からの友人なのですが、彼と色々話していたところ、自然とまたアメリカで抹茶の事業をする流れになりました。
健康や美に対する意識のアメリカ人たちは、常に抗酸化作用が高いスーパーフードと呼ばれる食品を常に探しています。抹茶はORAC値(活性酸素吸収能力)が他の食品よりも高いことから、美容や健康に意識の高い人たちには受け入れられやすい食材。また、コーヒー文化のアメリカでは多くの人が大なり小なりコーヒーに対して問題を抱えています。抹茶にはカフェインだけでなく、テアニンが豊富に含まれているため、それらの相乗効果でなだらかにゆっくりと作用するため、コーヒーの代替品として彼らのネクストチョイスになり得るのです。しかし、Stonemill Matchaのお店では抹茶を飲んでくれても抹茶の粉を買って帰る人はいませんでした。そこがコーヒーとの大きな違いで、コーヒー豆を購入して家で豆を挽く人はいても、抹茶の粉から抹茶を楽しむ人はいない。やはり店外消費も増やしていかないとビジネスとして成り立たないので、家庭やオフィスでも手軽に飲める抹茶のマシーンと茶葉を作ることにしました。
アメリカでの抹茶の可能性に手応えを感じたのでCuzen Matchaはアメリカでスタートしましたが、全世界の市場を狙っているので、6月より日本でもプレオーダーをスタートします。
オフィスや家庭で手軽に抹茶を飲めるマシンは他にはないイノベーティブな商品でアメリカ人の心を掴みました。Photo by Cuzen Matcha
製品を開発する際に一番こだわった点は何ですか?
酸化しやすく、香りがすぐになくなってしまうなど、抹茶の繊細な性質は理解していました。千利休の時代は飲む直前に石臼で碾いていたように、抹茶はフレッシュなのが一番です。また、美味しい抹茶の飲み物は飲みたいのに、既存で販売されている抹茶(粉)を使ってどう飲んだらいいかわからないという人が結構多いのも理解していました。粉だと水に溶けないし、それなら抹茶の液体さえあれば、解決できるのでは?、と思ったんです。そこでマシンを作ろうと決めて、細かな仕様や、ユーザーにどういった体験を届けたいか、逆にどういう作業はしたくないのかを規定していきました。譲れなかったのは禅な感じのデザイン。あとは毎日使っていただきたいものなので、お手入れが簡単なものにしたかった。リーフを茶筒に入れて抹茶の濃さを選べば、そのリーフまるごと臼でひき、水と攪拌させるため茶殻も出ません。専用カップを洗うだけでいいという手軽さです。
前職でペットボトルで手軽に、安価に緑茶を楽しめる文化を広めましたが、それにより急須でお茶を淹れる人は減り、飲用実態に合わせて茶葉の需要も安価なものへと変わっていってしまいました。名産の茶農家が廃業したりするのを目の当たりにし、国内がそういった状況なら新しい需要がある海外のニーズに応えることで、茶農家の支援にも繋がると考えました。
数々のデザインアワードなどを受賞されていますが、ブランド戦略としてデザインの要素にも力を入れられているのでしょうか?
私はデザイナーではないですし、ビジネスをする時にまずはコンセプトを考えないといけませんが、デザインの力を信じているところがあるんです。昔から優秀なデザイナーと一緒に働くことが多かったので、お蔭様で、ある程度、良いデザインの目利きはできるようになっていました。Cuzen Matchaのデザインはサンフランシスコにいる日本人のデザイナーの方にデザインをお願いしました。デザインに入れたかったことは、日本のオーセンティシティはしっかり担保しながら、カリフォルニアの方々が普段から使いたいとおもってもらえるようなテイストに仕上げること。その、絶妙なバランスを見つけるのにあたっては、それまでに自分自身が日米でお茶のマーケティングをやってきたいことは大いに役に立ちました。
ブランドとして調和のとれた世界を抹茶を通じて表現したいと考えた時に、コーヒーは飲んだ時にグンと上がって次第に下がるという、カクカクしているイメージがあるんです。でも、抹茶はカフェインが入っているのにテアニンが緩やかに効いてくれる、丸いイメージ。マシンにも「和」という漢字が持つ丸いイメージをマシンにも反映しました。日本の美意識、美学を表現したく、デザインもわざと余白を残しました。抹茶を飲んで、ピースフルに穏やかに調和を取れたらいいなという想いが込められています。
禅なデザインにこだわったというMatcha Makerはあえて左右非対称に配置。Photo by Cuzen Matcha
なぜShopifyを選ばれましたか?
自分自身がエンジニアではなく、ECサイト構築も初めてだったので、米国から事業開始することや、今後のグローバル展開といった発展性を考えると、正直、Shopifyの一択でした。
何か追加してほしい機能はありますか?
Eコマース事業もD2Cも初めてなので、変な先入観はなかったです。昔でしたら、サイトを立ち上げるのにエンジニアを雇うしかなく、すると、サービスインするまでにとてつもないお金が溶けていくので、いまのこの時代でよかったな、と思っています。Shopifyではいきなり100点満点を目指さず、70~80点くらいの完成度のものでよければ、簡単にEコマース事業をスタートすることはできます。ただ、事業が順調に前に進んでいくと、デザインの完成度を高めたくなったり、様々な機能を追加するためアプリを入れたくなります。そうすると色々な機能が喧嘩してしまうということが出てきてしまって悩ましいです。あとは言語の問題ですね。英語での説明が多めなので、そこが少しネックです。
今後、どのようなブランドにしていきたいですか?
もちろん、直近の目標は、応援してくれているお客さまや、生産者の方がいるので、「会社を潰さないように運営していく」ことが至上命題であるのですが、中長期的には、抹茶を通じて、「調和のとれた世界、サステイナブルな世界」を作っていきたいです。「20〜30年後には、世界中の多くの人々が日常的に抹茶を飲んでいる」というゴールはブラさず、ただ、そこに辿り着くまでのルートは、自分自身も何が正解か分かっていないので、お客さまとの対話を続け、お客さまと一緒になって新たな挑戦を続け、共に、あるべき未来を作っていきたいです。
ファウンダーの塚田氏は15年にもわたり、茶、茶飲料のマーケティングに携わってきたため、お茶の性質などを知り尽くしているのも強み。Photo by Cuzen Matcha
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