東京・台東区三筋にあるカキモリは、文具ファンの間ではつとに有名なお店です。文具好きの「聖地」といっても過言ではありません。自分の思いをしたためる瞬間、文章をつづる時間を温かく演出するオーダーノートや筆記具を揃えたカキモリには海外からもたくさんのファンが訪れています。そのカキモリがいま自社のウェブサイトの大幅な刷新に取り組んでいます。カキモリが目指す先は何なのでしょう。オーナーの広瀬琢磨さんにお話をお聞きしました。
■『たのしく書く』体験価値を提供したい
モノづくりの町として注目度が高まっているエリア、台東区南部。クリエイターのアトリエやオシャレなカフェ、雑貨店が増え、活気づくこのエリアの牽引役といえるのが、2010年に創業したカキモリです。
同店のコンセプトは「たのしく書く人」(=書き人)。温かいトーンの木の什器やフローリング、天井に包まれた空間は居心地がよく、「書くこと」をテーマに揃えられた商品を一つひとつ、じっくりと手にとって見たくなる。そんな優しさと落ち着きに満ちています。
カキモリの看板商品は、自分だけのオリジナルが作れるオーダーノート。サイズ、表紙、裏表紙、中紙、リングの色、留め具を選べば、あとは製本してもらうだけ。表紙や裏表紙の種類は常時60種類以上、中紙も用途や筆記具に合わせて常時約30種類以上揃っています。組み合わせの数は無限大といってもいいでしょう。
組み合わせを決めたら、あとはノートの完成を待つだけ。目の前でノートがリズミカルに製本されていく工程もオーダーノートの楽しみの一つです。カキモリのノートで「書くたのしさ」に目覚めたという人は少なくありません。カキモリは日々、たくさんの「書き人」を生み出しているのです。
3年前、カキモリは同じ台東区南部の蔵前から現在の場所に店を移し、売り場面積を一気に4倍に拡大しました。
「移転したのは混雑を改善するためです。オーダーノートの待ち時間は1時間半にも達し、店の前には行列ができていました。もともとは『たのしく書く』という体験価値を提供したいと始めた店なのに、いつのまにかノートを作るための店になっていた。それを変えようと思いました」
主力商品のオーダーノートの品揃え自体は移転前と変わっていませんが、ノート以外の筆記具や雑貨は大幅に増え、新しく紙を試すコーナーも設けられました。ワークショップを行うイベントスペースも導入されています。週末が混み合う状況はいまも続いていますが、以前の比ではありません。人気とともに手薄になってきた体験価値の提供や顧客とのコミュニケーションは格段に向上しました。
■デザイン性と拡張性がShopifyの決め手
カキモリには海外からも多くの客が足を運んでいます。「モノクル」や「コンデナスト・トラベラー」、「ロンリープラネット 東京編」など、海外の有力メディアに紹介されたことに加えて、影響力が大きいのがSNSです。
「ここ数年は『Instagramでの投稿を見て来ました』という方が増えました。いまは外国人客はほぼゼロですが、新型コロナウイルスの前は全体の20%にも達していました。とくにアメリカやヨーロッパからのお客様が多いです。クラフト好きで、デザイン性が高いモノやストーリーがあるモノを好む方の利用が目立ちますね」
海外からの客は、購入金額が高いのも特徴です。カキモリの平均客単価は3800円ほどですが、外国人の場合は5000円。気前よく買っていく外国人が多いようです。
「海外の方からはよく『安いですね』という声をいただきます。日本人から言われることはないですが(笑)。『ノート以外のモノも一緒に買いたい』と言われることも多いですね。前の店舗ではそれだけのスペースがなかったのですが、いまは実現できるようになった。これも移転を決めた動機です」
2018年にはECサイトもスタートしました。体験価値を重視するカキモリがオンラインストアをオープンしたのは、顧客の要望に応えるためです。増えてきたリピーターや遠方の客からオーダーを受けて、毎回商品を発送する作業は工数が多く、大変な手間を要します。だったら、ネットで注文を受ける仕組みを構築した方がいいと判断しオンラインストアの開設に踏み切りました。
ECのプラットフォームとして広瀬さんが選んだのが、Shopifyです。
「他社もいくつか検討しましたが、Shopifyはデザインの自由度が高く、拡張性が高い。これが決め手になりました。越境ECをやりやすいというのも選んだ理由です」
ECの売上は好調に推移し、コンバージョン率もECの平均を大きく上回っています。オンラインストアではノートのオーダーはできませんが、ペンやインク、ノート、レター、雑貨の5つのカテゴリーの商品がラインナップされ、とくに売上好調なのがペンとインク。オンラインストアでは、蔵前にある姉妹店インクスタンド(オーダメイドでインクを作れるショップ)でオーダーインクを製作した客のリピート購入も可能です。店で作ったインクが切れてしまったけれど、また店に買い求めに行くのはちょっと大変。そんなファンの要望にも応えているからこそ、通常よりも高いコンバージョン率を実現できているのでしょう。
■小売店からブランドへの転換を図る
新型コロナウイルスの感染拡大による自粛期間に多くの小売店は休業を余儀なくされました。カキモリも例外ではありません。
しかし、自粛期間をうまく活用したことで、ECの売上比率はコロナ前の2倍に達し、現在では全売上の30%を占めるに至りました。
なぜ、そうしたことが可能だったのでしょう。
「緊急事態宣言が出る1週間前に店を閉め、その間、オンラインストアのラインナップを拡充しました。数日間で商品写真をまとめて撮影し、サイトにアップしたんです。それまでもECを充実させないといけないとは思っていましたが、どうしても売上があがる目先の仕事に追われて、後回しになっていました。しかし、店を思いきって早くに閉めたことで、社員の危機意識が高まり、仕事のスピードもアップした。ECを伸ばす良いきっかけになったと思います」
自粛期間中はインスタライブも強化しています。店を閉める前日にはじめてライブ配信をし、休業中も週3回配信し続けました。モノの背景に流れるストーリーの発信とコミュニケーションを積極的に行った結果、フォロワーは1万7000人に達しました。ECの売上増に貢献したことは言うまでもありません。
緊急事態宣言がこの先出されることはほぼ確実。であれば、早々に手を打ち、いま自店がやるべき方向性に向かってマンパワーを投入した方がいい。そうした経営判断が奏功したのです。まさに「ピンチをチャンスに変えた」チャレンジといえるでしょう。
ECを飛躍的に伸ばしたカキモリは、いまオンラインストアの大幅なリニューアルに向けて動いています。現在のオンラインストアは、いわゆる「モノを売る」機能に徹しているサイトであり、カキモリがかねてから重視している体験価値の提供には至っていません。ノートのカテゴリーはあるものの、メイン商品であるオーダーノートはなく、売っているのはすでにできあがったノートだけ。シンプルな物販サイトは、実店舗のカキモリに来てもらうための補完的な役割にとどまっています。
ここを広瀬さんは大きく変えようと考えています。
「仮にオンラインストアのラインナップにオーダーノートを取り入れるにしても、例えば、ノートの紙の種類などをプルダウンメニューで選んでもらうような形では、お客様にとっては使いづらい。オリジナルノートを作る体験を中途半端な形でしか提供できません。そうではなく、もっと体験価値を高めるために、ECをカキモリらしくカスタマイズしたい。郵便事情が改善したら越境ECもスタートする予定です。ドメインも、これまではメインサイトのkakimori.comと、インクスタンドのinkstand.jpと、ECのkakimori-onlinestore.comに分かれていましたが一本化します。それが可能なのもShopifyだからです」
オリジナルノートを作る過程で客が感じるわくわくとするような高揚感や期待感をいかにオンラインストアで提供してくか。紙やペンそれぞれに異なる独特の「書き味」をどのように伝えていくか。大きな目標を掲げて、カキモリのECリニューアルプロジェクトは今年1月に発足しました。
「オンライン上でのコミュニケーションも充実させたいですね。その上で、カキモリとしてのあるべき姿を表現していきたい。ECのリニューアルによって、カキモリを小売店からブランドに転換させていきます」
カスタマイズはShopifyの公式パートナーの力も借りて、ただいま進行中。8月中にはローンチ予定です。どのような価値を提供する「場」となるのか。リニューアルが楽しみでなりません。
■世界中で愛される文具店へ
小売店からブランドへの転換を図るために、広瀬さんはラインナップの見直しも検討しています。
「こういう商品だったらお客様に喜ばれるかも、という視点で品揃えを増やしていったんですが、顧客視点を追いすぎたように思います。ラインナップの幅が広がりすぎてしまったのは反省点です。カキモリの原点は『書くたのしさ』を提供し、『書くきっかけ』を増やしていくこと。この思いにいま一度立ち返り、売る側である自分たちが起点となって、長く愛着を持って使い続けられる商品に絞っていきたい。オリジナル商品については、いま商品企画のチームを作って決定していますが、自分たちがお客様に届けたいモノが外になければどんどん独自で開発していきます」
以前は、販売チャネルを増やしていた時期もありましたが、現在のカキモリが目指しているのは多店舗化ではなく、ブランド化。実店舗の売り場拡大も、ECのカスタマイズやオリジナル商品の強化もそのための手段です。
卸のオファーは多数寄せられていますが、海外の一部店舗を除き、計画はありません。カキモリの一部の商品が並ぶ環境ではブランドを表現しづらいからです。その一方で、ブルーボトルコーヒーやスターバックスなど、ブランドの表現にふさわしいコラボ商品やノベルティを手掛けていますが、これも理由は同じ。ブランドとしてのカキモリを際立たせるためです。
日本は世界に通用するブランドはこれまでにたくさん生み出してきました。ただし、文具の領域となると少数派。実店舗とD2Cを融合させた世界ブランドとなるとほぼ例がありませんが、すでに海外ファンを多数持つカキモリが大きなポテンシャルを秘めていることは間違いありません。「書くこと」を愛おしむ世界の「書き人」たちを魅了するブランドとして、カキモリはいま大いなる飛躍のステージを迎えています。
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